J 「和楽路の道。めぐりの取り払い。心ひとつですべてをつくる。霊神。」
昭和五十七年二月二十七日 朝の御理解
x御理解 第百節 「めでためでたの若松様よ枝も栄える葉も茂るというではないか。 金光大神は子孫繁盛家繁盛の道を教えるのじゃ。」
昨日は田主丸のむつやさんの家の霊祭がございました。田代さんの十五年、石井清子さんの二十年。そんなわけで、ま、合わせて此処で、田代家、石井家の皆さんが集まって有り難い霊祭を、ま、奉仕させて頂いた事でございます。神様にお願いをさせて頂いておりましたら、これはある教会の先生が、火事でお教会が丸焼けになった。 その事のお届けに、ま、それこそ意気消沈して、御本部参拝された時に、当時偉い或る先生がその先生に励ましに、その、俳句を・・・。「山焼けて また 燃え出づる わらびかな」それを、合楽ではz『和楽の美』漢字で和楽の美とこう書きます。事を頂きましたのでその事を私は、お祭りのあとに皆さんに聞いてもらった事でございます。
皆さんも、まあ、御承知の方もいくらもあると思いますが、本当に当時の椛目で、むつやがあるから当時の椛目が立っとると言われる位に熱心な御信心を、しかも姉妹でなさいました。にもかかわらずお二人ともそれこそ、五年おきにまあだ、他にも次々と亡くなられ、娘さんが亡くなられる。又、田代さんの娘さんが事故にあってなくなられる。お婆ちゃんがなくなられる。
もう、とにかくず-っと、まあ、いうならば、不幸続きであった。そしてあの時分にむつやのお家騒動と言われるような事件があって、もう、本当に、まあ、いうなら目も当てられない状態で、まあ、信心のない者は勿論、ある者でもあれほど信心されるのに、どうした事であろうかと、皆が言うほどしであった。ね、
そいで私は、まあ、私自身の事もそうですけれども、三代金光様が二代金光様の跡をお受けになられた話しをさせてもろうた。
お父君の四神様は御歳四十歳という若さで亡くなられた。まあだ三代金光様は御歳十三歳であった。それこそ「座っておれは楽じゃと親様が仰せられたから座っておりましたが、ね、つろうて、つろうてよう泣きました。けども泣く泣く辛抱しいしい座っておりましたら、思う事もなくなり、欲しいものもなくなり、有り難うして有り難うしてね、その御礼の足りない、お詫びばかりを致しております」という三代金光様御晩年の述懐のお言葉です。ね、それこそ、なるほどまあ世間では、金光様、生神様と思うておったお方が四十歳のお若さで亡くなられた。どうした事であろうか、と思うておったり、言うたりした人もあったろうけれども、その後の三代金光様が泣く泣くでも御辛抱になった。しかも人の世に又ともあろうとも思われないような、七十年間という長い間を御神勤下さった。それで今日の金光教があるのだと、ね。
いわゆる「山焼けて また 燃え出づる わらびかな」
和楽の美というものが、今日の教団に現れておる。そして私は、箱崎教会、明日があちらの報徳祭で、親子、兄弟四人、まあ、昨日からあちらへ帰っております。 それで今、あちらで和楽路会という信心研修の会がもたれてもう、本当に生き生きとして、さあ御大祭ともなると、その和楽路会の人達が中心になって御用を頂くというように、だんだんおかげを頂いていっておる。
勿論、この和楽路会というのは、和楽の路と書いてある。いわゆる和楽美の和楽とそれに道路の路と、和楽路会、ね。まあ、金光様の御信心は、いうならば和楽の路であるを求めていくのである。ね、いわゆる和賀心ですね。その和楽の路を極めていくのである、ね。だからそれを極めていくという事は、問題はね、例えば、なら、教祖様の御教えを合楽では合楽理念にまとめて、御教えをいよいよ深く広く、こう説き明かしてあります。まあ、説き明かし、限りないものですから・・つつあるといったがいいかも知れません、ね。
ですからその御教えをいわば、本気で行ずる事によって生まれてくるのが和楽の路であり、和賀心である。教祖金光大神は家繁盛、子孫繁盛の道を教えるのじゃとね。 その道を神習わせて頂き、行じさせて頂くところからそれには、三代金光様がね、十三歳のお歳で跡を親様の跡をお受けになられた、ね。そこが必要なんである。
それこそはじめの間はつろうて、つろうて、よう泣いたとこうおっしゃる。それを信心辛抱しぬかれたという事がいるのです。和楽路会というのは、和楽の道を求めるという事はね,ワラジ履きというのは一生懸命という事だと思うんです、ね。
ワラジ履きではずむ、とこう言うでしょう、ね。だからそれにかける一生懸命。
山焼けてまた燃え出づるほどしのおかげを頂くためにもね、同時にこれは、ま、俗に申しますように焼け太りという事を申します。なぜかというと私は、めぐりのお取り払いだからだと思いますね。あれほど信心しておられるのにどうして、しかも当時の社長と副社長ですからね。まあだ今の信司郎さん、今の社長はまだ若い、ようやく三十歳になったばかりの人でしたからね、ね。それこそ、まあ、何々事件といわれるような問題がおこった時なんかはもう、どうにもしようがないような状態の中にあったんですけれども、だんだん、そこを乗り越え辛抱しぬかせて頂いて、なら、今日の繁盛があると。だから金光大神は家繁盛、子孫繁盛の道を教えるという事は、いうなら、和楽路の道を教える。和楽の道を教える、ね。
只、金光様の信心が長う続けられとるといだけじゃいかん。はあ、これが和楽の心でもあろうかと自分でも感じさせて頂くような精進が必要です、ね。為には、昨日の中にもお話しが、丁度あれはカトレアか何か、花が、霊祭に昨日お供えがあっとりますが純紫ばっかりの花ですね。カトレアとか何か、花です、のように例えば、御霊様達の場合は合楽であれだけの打ち込んだ信心をしておられましたから、同時に合楽理念に基づくもう、限りない喜びの御霊、安心の御霊としての精進があっておられる、かと言うて、なら、御霊が孫に子供の為に働きかけるという事は絶対でけんです。
これは、ま、私の霊界観から言うとそうなんです。はあ、御霊様が働きござる。そんな事は絶対でけん。教祖もはっきりおっしゃっとられるように「あの世にも持っていけこの世にも残しておける」ものであって、残しとるのであって、あの世からは送ってやる事はでけん。だから、あの世では合楽理念に基づく、又、生前中のあの信心によって、もう、いよいよ喜びの御霊安心の御霊として精進をしていっておるのだと だから後にのこるものもやはりね、折角、山焼けてという、いうならばめぐりのお取り払いを頂いたのであるから、ね
私、今日そこんところを皆さんにわかってもらいたい。金光教でいう難儀というのは、もう絶対めぐりの取り払いです。難儀と感じる時には、もう、めぐりの取り払いを頂いて有り難いと御礼を申し上げないけんです。そして、きつい事もあろうけれども、泣く泣くでも辛抱しぬいていくうちに和楽の心、それこそ有り難うて有り難うてという、ま、三代金光様がおっしゃとられる、心の状態が開けてくるのです。
そういう信心をもう皆さんが、本気で身につけていくという事。
昨日、此処で海外布教なんかに出る人が、まあ、それぞれのドイツに行く人はドイツ語を勉強をせんならん。アメリカに行く人は英語を勉強せんならんと私は、この頃強く感じるんです。だからその外国語学校でもみんなやらせて頂けとこういうふうに申しておりますから、いろいろ手配をいたしまて、米国の英語の先生が久留米におられるという事を、安武先生から紹介されてしとりましたから、昨日はじめて見えられました。どっか高校の英語の先生とそれから安武先生とそのアメリカの人の方の先生と、三人で見えられました。まあ、とにかく、どういう・・・とにかくこちらから習いに行かなんけども、此処はそんなわけにはいけんから、と言うたらそんならこちらから出張して来ると、月に三回だけあの参りましょうと。皆さんの中にも英語の勉強なさる方があるなら出て来て下さい。授業料はいりません。教会で払いますからというように昨日はここの、先ず参観をなさったり、また此処の話しを聞かれて、今度、合楽の御教え、いわば天地の道理とか御恩徳とかというような事を聞いて、まあ、びっくりなさったらしいですね。
天地と人間のつながりとか、天地、それによってその、なら、病気が治ったり繁盛したりするような話しを聞いてね、びっくりして、これをどうも英訳して、まあ、その御本にしたいというておられるそうです。
まあいろんな働きになってきるものだと、まあ思わせて頂くのですが、そんなわけでしたから昨日、ま、茶室に火を入れてお茶を幹三郎があげました。ところがなかなか、もう、私、たまがりました、もうちゃあんと手前知っとられるんですね。
やっぱり、こちらに久留米に四年おられるそうですが、その間にやっぱりお茶の道なんかも稽古されたんでしょうね。もう、茶托の鑑賞まですなさいます、最後に。
そんな事でしたから丁度、なら、むつやの霊祭が終わって御直会が終わったその後にまあだ、火が残っておりましたから,まあ,みんなにお茶を上げましてから皆、私の部屋に田代家も石井家も皆でやってまいりました。
それでお茶を上げながら、まあ、私が言うんです、もうそれこそ、あちらに、いろいろ置いておりますから調度品とか何とか,いろいろ見てから、それこそ、ほうほうというように皆が、まあ、だからこれがみんな、いうなら、私の心一つで出来たものだよと私は、私の心一つで全てが、ね、心一つでおかげになると教えられるその心一つなんだよと、なら、心が美しいからこうじゃなくて、なら、教祖の御教えを守らして頂くうちにおかげの頂けれる心がでけてきたんです。ね、
だから、なら、家繁盛、子孫繁盛の道を教えられると言うても、只、私が生来、生まれ付きに心が美しい人じゃった、神様のような人じゃった、仏様のような人じゃったというだけであってもです、教祖の御教えの中にあるように、あの人は仏様のような人じゃ、神様のような人じゃというても、次々難儀な事がおこるとおっしゃるでしょうが。だから、信心しておかげを受けるという事は別ものですね。だから、信心のその教えによって、心が清められる、研かれる、改まっていくといったようなあり方になる時にその心一つで全てを創るのです、ね。
だからこれも、これも、これも、みんないうなら、本当、私の心一つで全てを創っておるが、まあ、いうならば、こういうおかげが受けられるという一つの手本なんだ だから、どうでも、なら、石井、ま、信司郎さん達夫婦だけではなくて、田代家の人達もみんな、ま、ね。折角親が残した、ね、いわゆるあの世にも持って行ってこの世にも残してあるというのは、信心を残しておるのだ。しかも、だからその信心もです、どうして信心しよってこういう難儀な事が続くであろうかといったような中にあってです、泣く泣くでも辛抱しいしいに頂いていくからこそ、ね、いわゆる和楽路の一生懸命のワラジの道が開かれるのであり、和楽のおかげが頂かれるのですある。
兄弟、みんないろいろ問題がやっぱ今でも抱えておりますが、その為であったか知れませんけれども、ね、「腹立ちを、すべて許して茄子の花」というのがありますね 御教えの中にも、ここで、だから教えをね、行じさせて頂いておると、いうならばね、それこそ、腹立ち、いろんな感情もいろいろあるけれども、それを全て、いうならば、許してというか、心が寛大になってくるわけです、ね。そこに茄子のおかげ。 茄子といえば、此処では安心と言われるが、いわゆる安心の心の状態が開けてくる その安心の心の状態、和楽の心の状態に、これはもう、限りなくおかげが頂けていくというのであるから、ね。まあ、今日の御理解百節は誰でも一番好きな御理解ですよね。めでためでたの若松様よ枝も栄える葉も繁る、ね。そういうおかげが頂きたいね。そんなら、金光大神が言われる事を本気守らなければならない。
それは、山焼けてというような時であっても、ね、その事をめぐりの取り払いと思うて、やれ痛や今みかげをという心で次の信心に泣く泣くでもそこを切り抜け、辛抱しぬいていくうちに、ね、思う事もなくなり、欲しいものもなくなり、いうなら我情が取れ我欲が取れ、ね。只、有り難うて有り難うてという和楽の道、いわゆる和賀心の状態が開けてくるんです、ね。
だから、金光様の信心しよりゃ、家繁盛、子孫繁盛という事じゃないです、ね。
教えを行じていくという事、しかもそれは、山焼けてというような難儀に直面した時であっても、ね、そこを、ま、泣く泣くでも辛抱しぬかせて頂くような信心からでなければ、私はその枝も栄える葉も繁るというようなおかげにはなってこないと思います、ね。昨日の、霊祭を奉仕させて頂いて、ね、ま、ようやく、石井家の人達が、ま、細々ながら信心が続いとるだけでね、田代家の人達にも、先だってこの前のお月次祭だったでしょうか、ベビ-用品の方を、文香さん達夫婦ですね、西見さんが珍しくはじめてでしたけども親子五人で月次祭に参って来ておった。
どうやったの気持ちがよかろうが、私も大変嬉しかった。どうの兄弟達みんな、もう、あそこは従兄弟でも、兄弟のように育ってますからね、田代家、石井家は。
ですから、もう、田代家、石井家はせめて月次祭なっとひとつ家族中でお参りをする。この御霊のお祭りを境に、そういう一心発起でもしたらどうか、と言うて、まあ私御直会の時に話した事でしたけれども、本当に、そういう事になったらどんなにか御霊達の喜びになる事だろうか、というふうにも、まあ、思いました。そして、いうならば、山焼けてもう限りなく燃え出づるようなおかげにしてもらいたいと、切に思いました。
どうぞ。